心不全の処方箋を見ると、糖尿病の既往がない患者にもフォシーガ(ダパグリフロジン)やジャディアンス(エンパグリフロジン)といったSGLT2阻害薬が処方されているのを目にします。
「SGLT2阻害薬って糖尿病薬でしょ?なぜ糖尿病がない心不全患者にも使うの?」——これが新人薬剤師の率直な疑問ではないでしょうか。
実は、SGLT2阻害薬は糖尿病治療薬の枠を超え、心不全治療のFantastic Four(基本4剤)の一角として位置づけられるまでに評価が変わってきた薬剤です。本記事では、その背景となる作用機序、「第4の柱」に昇格した経緯、そして服薬指導の実務までを整理します。
SGLT2阻害薬は何をしている薬か
近位尿細管でグルコース再吸収を阻害する薬
SGLT2(Sodium-Glucose Cotransporter 2、ナトリウム・グルコース共輸送体2)は、腎臓の近位尿細管に存在し、原尿中のグルコースを血液側に再吸収する働きをします。
SGLT2阻害薬はこのトランスポーターをブロックすることで:
- 尿糖排泄増加 → 血糖降下
- 尿中Na排泄増加+浸透圧利尿 → 循環血液量減少
- 腎糸球体内圧の低下 → 腎保護作用
を発揮します。
心不全治療で重要なのは「血糖降下作用」ではない
心不全での処方意図として大事なのは、血糖降下作用そのものよりも、後者2つの効果(Na利尿・腎保護)と、その先にある心血管保護作用です。「糖尿病薬として捉えるのではなく、心保護薬として捉える」ことが、SGLT2阻害薬を心不全治療の文脈で理解する第一歩です。
なぜ心不全に効くのか|「糖尿病薬」を超えた作用
血糖降下作用のみで心不全の予後改善が説明できないことは、大規模臨床試験の結果から早くに明らかになりました。現在、SGLT2阻害薬の心不全での有効性は、以下のような複合的な作用によると考えられています。
1. 前負荷・後負荷の軽減
利尿作用による循環血液量の減少が前負荷を軽減し、軽度の血圧低下作用が後負荷を軽減します。ループ利尿薬とは異なる機序で「心臓を休ませる」働きをします。
2. 腎臓保護作用
糸球体内圧の低下、蛋白尿の抑制作用により、心腎連関の悪循環を断ち切ります。心不全と腎機能低下は互いに悪化させ合う関係にあるため、腎保護作用は心不全予後改善に直結します。
3. 心筋の炎症・線維化抑制の可能性
心筋の炎症・線維化を抑制する作用も報告されており、心筋リモデリングを抑える方向で心臓を守ります。
「血糖降下は副次的効果」——これが現在のSGLT2阻害薬の理解の中核です。
「第4の柱」への昇格|大規模RCTの流れ
SGLT2阻害薬が糖尿病薬から心不全治療の中心に位置づけられるまでには、複数の大規模RCTの積み重ねがありました。
- 2019年 DAPA-HF試験(ダパグリフロジン、HFrEF患者対象):心血管死・心不全悪化を有意に減少。糖尿病の有無に関わらず効果が確認された点が画期的
- 2020年 EMPEROR-Reduced試験(エンパグリフロジン、HFrEF):同様の予後改善効果を確認
- 2021年 EMPEROR-Preserved試験(エンパグリフロジン、HFpEF):初めてHFpEFで予後改善効果が示された画期的な結果
- 2022年 DELIVER試験(ダパグリフロジン、HFmrEF/HFpEF):HFmrEF/HFpEFでも有効性を確認
これらの試験を通じ、HFrEFだけでなくHFpEFでも有効性が確立した点が、SGLT2阻害薬の位置づけを決定的に変えました。長年「予後改善薬がない」とされてきたHFpEFに対する初の予後改善薬として、SGLT2阻害薬はFantastic Fourの「第4の柱」に据えられました。
日本循環器学会・日本心不全学会『心不全診療ガイドライン』(2025年改訂版)でも、SGLT2阻害薬はHFrEFの基本4剤の一角として、またHFpEF・HFmrEFに対しても推奨薬として位置づけられています。
参考:糖尿病治療で使われる他のSGLT2阻害薬
日本で流通するSGLT2阻害薬は、フォシーガ・ジャディアンス以外にも複数あります。ただし、心不全治療の適応があるのはこの2剤のみという点を、まず新人薬剤師は押さえておく必要があります。
| 商品名 | 一般名 | 心不全適応 | 主な適応 |
|---|---|---|---|
| フォシーガ | ダパグリフロジン | あり | 2型糖尿病、1型糖尿病、慢性心不全、慢性腎臓病 |
| ジャディアンス | エンパグリフロジン | あり | 2型糖尿病、慢性心不全、慢性腎臓病 |
| カナグル | カナグリフロジン | なし | 2型糖尿病、2型糖尿病を合併する慢性腎臓病 |
| スーグラ | イプラグリフロジン | なし | 2型糖尿病、1型糖尿病 |
| デベルザ | トホグリフロジン | なし | 2型糖尿病 |
| ルセフィ | ルセオグリフロジン | なし | 2型糖尿病 |
処方箋でカナグルやスーグラを見た場合は、糖尿病治療目的と読み解きます。「別のSGLT2阻害薬を心不全患者に切り替えれば同じ効果が得られる」わけではありませんので、切替や継続については必ず処方医の判断に委ねます。
ダパグリフロジンとエンパグリフロジン|処方意図を読み解く
「Aが第一選択、Bは補助」という固定的な使い分けはしない
心不全治療で使えるSGLT2阻害薬はフォシーガとジャディアンスの2剤ですが、「どちらが第一選択」といった画一的な使い分けはありません。
両剤ともHFrEFとHFpEFの両方に有効性が確立されており、患者の背景・医師の選好・保険上の理由・併存疾患などで処方が分岐します。薬剤師の立ち位置は、「なぜこの患者にはこちらが選ばれているか」を推測することです。
各薬剤の特徴と処方意図の推測
ダパグリフロジン(フォシーガ):
- 慢性心不全、2型糖尿病、慢性腎臓病に加え、インスリン併用下での1型糖尿病にも適応があり、適応の広さが特徴
- DAPA-HF、DELIVERで幅広い心不全患者への有効性エビデンス
エンパグリフロジン(ジャディアンス):
- 慢性心不全、2型糖尿病、慢性腎臓病に適応
- EMPEROR-Reduced、EMPEROR-Preservedで幅広い心不全患者への有効性エビデンス
処方意図の推測例
- 1型糖尿病合併の心不全患者でフォシーガが選ばれていたら → 適応の広さから合理的な選択
- どちらでも良い場面では、医師の使い慣れや処方経験の差で選ばれることもある
- 長年安定して使用している薬剤を継続する場合は、切替の必要性は低いと医師が判断
用量(添付文書に基づく心不全用途)
| 薬剤 | 用量 |
|---|---|
| ダパグリフロジン(フォシーガ) | 10mg/日 分1 |
| エンパグリフロジン(ジャディアンス) | 10mg/日 分1 |
よくある処方パターン
- HFrEF基本4剤フルセット(フォシーガを含む例):
エンレスト 400mg/日 分2 + アーチスト 20mg/日 分2 + アルダクトンA 25mg/日 分1 + フォシーガ 10mg/日 分1 - HFrEF基本4剤フルセット(ジャディアンスを含む例):
エンレスト 400mg/日 分2 + アーチスト 20mg/日 分2 + アルダクトンA 25mg/日 分1 + ジャディアンス 10mg/日 分1 - HFpEF での処方:SGLT2阻害薬が処方の中心となる(利尿薬・原疾患治療薬と組み合わせ)
- 糖尿病合併時:心不全治療・腎保護・血糖降下の3面をカバーする処方意図で選ばれる
現場でよく見る併用処方
- Fantastic Four + ループ利尿薬:うっ血合併時にラシックス(フロセミド)等を追加
- SGLT2阻害薬 + ループ利尿薬の併用時:利尿作用の重複により脱水リスクが上乗せされる点に注意
- 糖尿病治療薬との併用:インスリン、SU薬(グリメピリド等)併用時は低血糖リスクが上乗せ
新人薬剤師が見るべきポイント
1. 前提:「循環器の薬」だけど「糖尿病でも使う薬」を伝える
心不全患者にSGLT2阻害薬が処方された時、患者は「循環器の薬」として認識します。しかし、この薬にはもともと血糖降下作用があり、後述する低血糖・ケトアシドーシスの説明で戸惑いを与えないためには、服薬指導の冒頭で一言前置きをするのがコツです。
服薬指導の例:「この薬は、もともとは糖尿病の治療で使われている薬で、今は心臓や腎臓を守る目的でも処方されるようになりました。そのため、糖尿病の薬に近い注意点があります」——このような前置きがあると、次の低血糖・ケトアシドーシスの説明が自然に受け入れられます。
2. 低血糖の注意
SGLT2阻害薬には血糖降下作用があるため、絶食時や食事量が減少した時に低血糖リスクがあります。特に糖尿病治療薬(インスリン、SU薬)併用時は注意が必要です。
- 症状:冷汗、動悸、手の震え、意識障害
- 対処:ブドウ糖の摂取
- 服薬指導:「食事が取れない日や急に食欲がない時、冷や汗・動悸・手の震えが出たら、甘いものを取って様子を見てください」
3. ケトアシドーシス|正常血糖でも起こりうる
SGLT2阻害薬で特に注意すべきなのが、正常血糖ケトアシドーシス(Euglycemic DKA)です。血糖値が正常でも起こりうるため、発見が遅れる危険があります。
- 症状:吐き気・嘔吐・食欲減退・腹痛/過度な口渇・強い倦怠感/呼吸困難・意識障害/甘酸っぱい口臭(アセトン臭)
- リスクファクター:シックデイ、脱水、絶食、感染症、手術
- 服薬指導:「風邪・胃腸炎で食事が取れない時や、吐き気・腹痛・強いだるさが出た時は、この薬をいったん止めて、早めに受診してください」
- シックデイでの休薬:食事が取れない日は休薬が原則。事前に患者・家族に伝えておく
4. 尿路感染・性器感染
尿中の糖濃度が上がることで細菌の栄養源となり、尿路感染・性器感染のリスクが上がります。
- 女性で頻度が高い(尿道口が近いため)
- 男性では亀頭包皮炎にも注意
- 症状:排尿時痛、頻尿、残尿感、陰部のかゆみ・違和感
- 服薬指導:「陰部を清潔に、水分をしっかり摂ってください。上記のような症状があれば早めに受診を」
5. 脱水
利尿作用による脱水リスクがあり、特に高齢者・夏場・シックデイで注意が必要です。ループ利尿薬併用時はさらにリスクが上乗せされます。
- 服薬指導:日常的に水分摂取を意識するよう指導
6. 手術・シックデイでの休薬
- 手術前は3日程度前から休薬(添付文書規定)
- シックデイ時(発熱・下痢・嘔吐で食事が取れない時)は休薬を検討
- 他院受診時に「この薬を飲んでいる」と伝えるよう指導
7. 妊娠時の扱い|添付文書上「投与しない」
心不全治療薬の中で、SGLT2阻害薬は妊娠時の扱いが独自です:
- フォシーガ・ジャディアンスとも添付文書上「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと」と明記されている
- 禁忌の記載ではないが、実質「投与しない」扱い
- 動物実験での催奇形性・胎児毒性等の報告が背景
心不全治療薬の妊娠時の扱いは薬剤ごとに異なるため、混同しないよう整理して押さえておきましょう:
| 分類 | 妊娠時の扱い |
|---|---|
| RA系阻害薬(ACE阻害薬・ARB・ARNI) | 禁忌 |
| MRA(スピロノラクトン・エプレレノン) | 有益性投与 |
| SGLT2阻害薬(フォシーガ・ジャディアンス) | 添付文書上「投与しない」 |
まとめ
SGLT2阻害薬が心不全治療の「第4の柱」になった理由は、「糖尿病薬の枠を超えた心保護・腎保護作用」と、「HFrEF・HFpEFの両方で予後改善が示された画期的なエビデンス」にあります。
- 血糖降下は副次的、心不全での主役は心保護・腎保護・利尿作用
- 心不全適応があるのはフォシーガとジャディアンスの2剤のみ
- 両剤の使い分けは処方意図を推測する視点で
- 服薬指導の3本柱:低血糖・ケトアシドーシス・尿路感染
- 「もともと糖尿病でも使う薬」という前置きが服薬指導のコツ
- 妊娠時の扱いは薬剤群ごとに異なる(RA系阻害薬=禁忌、MRA=有益性投与、SGLT2=投与しない)
次回は、心不全治療の基本4剤(Fantastic Four)について、ARNI・β遮断薬・MRA・SGLT2阻害薬の処方意図を総合的に整理します。
参考文献
- 日本循環器学会・日本心不全学会『心不全診療ガイドライン』(2025年改訂版)
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)「医薬品情報検索(添付文書検索)」より、各種薬剤添付文書、及びインタビューフォーム等
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuSearch/ - 『今日の治療薬 2026』南江堂、2026年
- 医療情報科学研究所 編『薬がみえる vol.1』メディックメディア
※ 本文中の処方例・用量・副作用頻度・エビデンスの記述は、上記ガイドラインおよび各薬剤の添付文書・インタビューフォームに基づいた一般的な内容です。具体的な処方判断は主治医・担当薬剤師にご相談ください。

